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HR礼拝「互いの違いを越えて」
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「互いの違いを越えて」
みなさん、学テ本当にお疲れ様です。みんなすごくストレスになっていたと思いますが、やっと開放されてよかったと思います。受験の人も、もうすぐ終わるので、最後の一息頑張れるようにみんなで応援していけたら良いと思っています。
ではアフリカのお話をします。私がケニアに住んでいたこと知っている人は他クラスの人もいて、結構多いと思いますが、実際滞在期間は3年、つまりこの高等部 ですごしてきた時間とほぼ同じです。しかしその短い期間の間、大変内容の濃い体験をできたので、もっと長くいた気がしました。それは一瞬一瞬の内容が、私が今まで経験したことのなかったものだったのかもしれません。
そんな中私の毎日の学校生活の中の、「スクールバス」の中でのお話をしたいと思います。
一日の始まりは、朝6時、起きて、制服に着替えて、モンキーバナナを食べていると、運転手のギルバートがピンポーンとやってくるので、来たら兄弟三人と母親と車に乗って、スクールバスのバス停まで向かいます。家の敷地内から出るところの門には、アスカリという警備員がAK47と犬を連れて厳重に警備をしています。
外に出ると道端でメイズというとうもろこしを売っている人、新聞紙を丸めてサッカーをしている幼い子供達、またペットボトルにグルーを入れて、薬物として吸っているストリートチルドレンもいます。最初は発展途上国らしいと思った風景でしたが、慣れると、貧しい人を見ても、なんとも思わないわけではないのですが、日常のごく普通の風景なので、当たり前に見えてしまいます。
しばらくするとバス停に着き、とても大きくて、何より古びて、さびた、ドラム缶のようなボロバスに乗ります。ボロ、というか、むこうの文化では、バスの床はゴミ箱なので、普通にジュースとかいらなくなったらバスに捨てるし、ゴミも捨てるし、とにかく食べ物が床に豊富に転がっていて汚いです。日本人が見たら非常識とか、野蛮だとか、さすが発展途上国と思うかもしれませんが、それは文化の違いなのだと私は思いました。
さて、このバスの運転手はジェームズというかわいらしく、人が良いおじさんなのですが、いつもみんなの要求を叫びつづけられて、さぞうるさかったことだなと今となっては思います。というのは、バスが動き出すと必ず誰かが「ジェームズ、ミュージック」と思いっきり叫びます。
するとジェームズがラジオをつけてくれて、バスに乗っている幼稚園生から中2のみんながノリノリになります。またしばらくすると「ボリューム!!!!」と複数の人が叫びます。すると音量が上がります。頼んでいるというより、命令している、というほうが正しいでしょう。私が行っていた私立の学校には外国人や、お金持ちしかいないので、メイドや、運転手にはわがまま言い放題の環境で育った人が多く、一般のケニア人には敬意をはかっていない風にも見えてしまいます。
日本で、5歳の子供が大の大人、しかも他人、に向かって、「音楽!!」とか「音量!!」とか叫んだらどう思いますか? 何だこのガキ、って思いますよね。ケニアの人だってそういう感情があると思うけど、当時そのことに気づいていなかった私も、きっといやな思いをさせてしまったでしょう。
ひとつ覚えている出来事があります。学校への行き来の際、途中、信号で止まった時に立ち寄ってくるとうもろこし屋さんからとうもろこしを買うことができるのですが、みんなジェームズに頼んでまとめて買ってもらっていました。そのとうもろこしはプレーンとチリソースがかかっているのがあり、私はチリソースのを頼みました。しかし何人分も買っていたので、間違えてプレーンを買ってきてしまいました。一般常識的に考えて、間違えても、買ってきてくれただけで感謝しなくてはいけないし、実質チリソースもプレーンも大して変わらないのに、私は何を思ったのか、マジギレして、「ジェームズあなたって人は本当に…」という感じで怒ってしまいました。ジェームズは人がよかったので、「Oh,I'm so sorry」と何回も何回も、目をウルウルさせて謝ってくれました。今となっては罪悪感でいっぱいです。
また、別のよくあるひどい例としては、宿題を忘れた生徒が、先生になぜやってこなかったのかと問われると、「やったのにメイドがカバンに詰めなかったから」というものです。次の日の学校の準備を、全てメイドにやらせている人も、得に低学年では多いので、ありがちなことでした。このように、運転手、メイドに対して、小さいころから「主人」としての意識が根付けられてしまうのだなと思いました。
今、お話したことは、たったの、ある一日の通学の途中のバスでのできごとですが、日本とはまったく違う雰囲気であることが感じられると思います。違うことは当たり前だし、日本にも、ケニアにも、世界中のどこにでも、良い文化、悪い文化、が携わっていると思います。しかし大切なことはそれを認め、リスペクトすることだと思いました。違うから、遠ざかるのではなく、敬意をはかった上で、かかわるか、かかわらないか判断すべきだと思いました。またアフリカの人に対しても、たとえ、運転手だろうが、メイドだろうが、主人だろうが、その娘だろうが、人としてはかわらないので、やはりリスペクトしなくては、と自分の過ちを反省します。
306には色んな人がいると思います。ゲームが好きな人、スポーツが得意な人、頭が良い人、かわいい人、天然な人、韓国が好きな人…など。でもここまで一緒にやってこれたのは、お互いを認めることができ、それぞれの良いところを生かしてこれたからだと思います。だからこれからも、また大学に行って色んな人に会っても、そのようにできたらいいと私は思いました。





