2026年度 第77回入学式 報告、部長式辞
2026年4月7日 新1年401名が入学式を迎えました。
青山学院高等部の入学式は礼拝形式で厳粛に執り行われます。
今年度もPS講堂にご家族もお集まりいただいての式となりました。
部長式辞
何よりもまず、互いに心から愛し合いなさい。愛は多くの罪を覆うからです。不平を言わずにもてなし合いなさい。あなたがたは、それぞれ賜物を授かっているのですから、神のさまざまな恵みの善い管理者として、その賜物を用いて互いに仕えなさい。
ペトロの手紙一 第4章8~10節
高等部第77期新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。青山学院高等部にようこそ。ご家族の皆さま、本日はお子様のご入学、誠におめでとうございます。
青山学院高等部は、77期401名のおひとり、おひとりを、こころより歓迎いたします。またご来賓の皆様、本日はご多用の中ご列席を賜り、誠にありがとうございます。
高等部のウエブサイトを開きますと、そのトップページに「隣人と共に生きることを喜び、平和な社会に貢献する人間を育てます」とあります。「隣人と共に生きる」人間ではなく、「隣人と共に生きることを喜ぶ」人間を育てますとあります。「喜ぶ」というのは個人の感情であって、人が決めることではないのですが、皆さんが3年後にこの高等部を、「喜び」に溢れて巣立っていく姿が私には確信を持って想像できます。これまでも、多くの高等部生がここで3年間を過ごし、心からの喜びを持って歩み出す姿を目にしてきました。この3年間が素晴らしいものとなりますように。私たち教職員は力を惜しまず、皆さんを支えていきます。
さて、「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」という書物をご存じですか。アメリカの作家ロバート・フルガムによって1988年に書かれたこの本は、今日までに累計発行部数が1,700万部を超え、教育・子育ての分野では世界第3位という驚異的なヒットとなっています。
「砂場」で学ぶ知恵として、著者は16の項目を挙げています。その一部を紹介します。
人と分け合うこと
ずるをしないこと
人をぶたないこと
散らかしたら、自分で片づけること
誰かを傷つけたら、ごめんなさいと言うこと
不思議に目を見張ること
この本がこれだけ売れたのは、これらのシンプルな「知恵」が、複雑な社会に生きる大人たちにとっても十分に意味を持ち、心に響くからだと思います。国家間レベルであっても、これらの知恵は当てはまります。私たちは分け合わないといけないですし、他者を攻撃してはいけないですし、散らかしたら自分で片付けないといけない。地球という限られた場所を分け合って暮らす私たちは、海や大地を汚したら自分で片付けないといけないのです。
ところでこの本のオリジナルタイトルは “All I Really Need to Know I Learned in Kindergarten”であり、直訳すると「本当に知るべきすべてのことは幼稚園で学んだ」となります。「砂場」という言葉はどこにも出てきません。邦訳した池 央耿(いけ ひろあき)氏は、この本の中の一節、「人生の知恵は大学院という山のてっぺんにあるのではなく、幼稚園の砂場に埋まっていたのである」という言葉を印象的に捉え、ここにこそ、著者のメッセージが表れていると考えて、タイトルに「砂場」を入れたのだそうです。素晴らしい訳だと思います。
砂場では当然ケンカも起こります。ときどきケガもします。しかし園児はその中で仲直りをしたり、泣いている子にやさしくしたりと、人生の知恵を学んでいきます。娘の話で恐縮ですが、彼女は幼いころ、砂場で泥団子を作るのが得意で、泥団子名人と呼ばれていました。泥も、丹念に丸めていくと、どうやって作ったのというくらい、プラスチックのようにツルツルで黒光りした球体になるのです。自由な空間とたっぷりの時間によって、人間は他者と交わる知恵を学ぶだけでなく、内なる創造性を発揮できるのです。
高校にも「砂場」が存在すると思います。高校生にとっての「砂場」とは何だと思いますか。お昼休みのグラウンドでしょうか。あるいは放課後の友達との時間や毎日の教室でしょうか。私は、高校生にとっての「砂場」はひとりひとり異なった「自由な空間」であると思います。「自由」こそが人間を豊かに成長させてくれるのです。
この高等部は伝統的に、生徒の「自由」や「自主性」を大切にしてきました。今皆さんが着ている制服も、かつての生徒会と学校が協議して作り上げたものです。私がこの学校に来て少しした頃のこと。当時、制服のシャツの裾出しは禁止されていました。しかし当時の生徒会がポロシャツの導入と裾出しの許可を提案し、その件で全校が生徒総会を開いて集まり、多くの賛成票を以てその案が教員会で検討され、認められたということがありました。若かった私は、そもそもシャツの裾を出すかどうかという小さなことで、全校集会が開かれたことに驚きました。勝手に裾を出して着ているだけの人が多いのではないかと思っていました。もちろんそういう人もいました。しかし、多くの高等部生が目指した「自由」はそういう勝手な自由ではなく、手続きを踏んで認められる「自由」でした。これは高等部の大切な歴史だと思っています。
この学校には、さまざまな学びの自由もあります。クラブ、生徒会、各種キャンプ、海外プログラム…この貴重な3年間で、皆さんは幼稚園の砂場にいたときよりももう少し深く、論理的に、広い視点から、「知恵」を学んでいくことになります。自分を表現する方法も身につけていきます。そして何より、たくさんの人との出会いがあります。
今日は新しい友達と担任の先生との出会いの日です。少し勇気がいると思いますが、それは皆同じです。多分教員も少し緊張しています。互いを思いやる心で、言葉を掛けてください。いい出会いをしてください。
ここで、本日読まれた聖書の箇所をもう一度見てください。
何よりもまず、心を込めて愛し合いなさい。愛は多くの罪を覆うからです。 不平を言わずにもてなし合いなさい。あなたがたはそれぞれ、賜物を授かっているのですから、神のさまざまな恵みの善い管理者として、その賜物を生かして互いに仕えなさい。
私たちは、他者を愛する能力を増し加えるために学びます。ここには、私たち全員に、それぞれ異なる賜物が与えられていると書いてあります。才能があるからスゴイ、ないからダメだとは書いていません。あるかどうか、どれくらいあるかではなく、どう用いるかが問われているのです。賜物を、人のために生かしなさい、と言うのです。
この3年間が、みなさんにとって、「知恵」を増し加えるものとなりますように。自由の中で、よいものを選び取り、与えられた力を生かしていくことができますように。
本日から始まる77期401名の素晴らしい高等部生活を祈念し、式辞といたします。
