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高等部第74回卒業証書授与式 卒業生代表 答辞

答辞

 最短距離が正義とされる時代に、私たちは少しばかり遠回りをしてきました。立ち止まり、迷い、問い続けた三年間。そしてその遠回りに導かれ、私たちは今、ここにいます。

 一雨ごとに近づいてくる春が、もうすぐそこまでと感じられる季節となりました。ご来賓の皆様、部長先生をはじめとする先生方、保護者の皆様、そして在校生の皆さんのご臨席を賜り、本日、卒業式を迎えられますことを、青山学院高等部第七十四回卒業生を代表し、心より御礼申し上げます。

 三年前の入学式が曇天であったことを、今でも良く覚えています。あの日の空が、当時の私の心にどこか似ていたからでしょう。着慣れぬ制服を纏い、この講堂で初めて聖書を開いたあの日、渡辺部長先生が贈ってくださった言葉。“Expand your horizon, be the difference,love your neighbour.”高等部はこれらの意味を3年という歳月をかけて、私たちに授けてくださいました。

 その一環として、私は一年間留学の機会を頂き、異なる文化や価値観の中で、自らの常識が揺さぶられる経験をしました。視野が広がるということは、同時に、違いを受け入れるということでもあったのです。違いは時に誤解や距離を生みます。自分と似た誰かには共感を寄せられても、遠くの誰かを理解することは難しい。その僅かな想像力を手放した瞬間、違いは敵へと姿を変えてしまうのです。私たちはその想像力の意味を修学旅行で実感しました。

 二年次に訪れた長崎と阿蘇。長崎にある慰霊碑に奉安されていたのは、一人ひとりの尊い人生でした。昨年は終戦から八十年という節目の年。時間が出来事を過去にしても、その痛みまで過去にしてはならない。その責任は、私たちの手に託されています。だからこそ、日々の礼拝で繰り返し祈ってきたように、憎しみのあるところに愛を、分裂のあるところに一致をもたらす選択を、これからも選び続けていきます。

 そして一年前。私たちは最高学年として生徒全体を導く側へと立場を変えました。

 最後のバレーボール大会。私は生徒会長として、実行委員長を務めました。理想の描き方の違いから、意見が交錯することもありましたが、互いに敬意をもって対話を重ね、より良い大会を模索し続けました。四限の終わりを告げるチャイムとともに、練習に駆け出す三年生。その背中は最後の大会への情熱に溢れていました。迎えた当日。試合開始の笛とともに、グラウンドは一瞬にして熱気と歓声に包まれます。試合後、心地よい疲労を滲ませ、誇らしげな表情の選手たち。輪の中心にボールはなくとも、そこには確かなクラスの繋がりがありました。

 そして迎えた最後の文化祭。テーマはDaydream ― 白昼夢。実行委員が長い時間をかけて準備を重ねてくれていた傍で、各クラスでもチーフを中心に構想が練られていきました。しかし作業が本格化したのは例年の如く直前の数日間。まるで期限が迫ってからが本番であると言わんばかりです。焦りながらも笑い、本気になったあの時間こそ、文化祭の醍醐味でした。こうしてDaydreamは実行委員のこだわりと弛まぬ努力、そして各クラスの創意が重なり、夢のような現実へと結実しました。

 その余韻も冷めやらぬまま、私たちは今年度、好きなことや得意なことを自由に披露できる新たな舞台、Aoyama’s Got Talentを創り上げました。けれど、74期の輝きは舞台上に留まりません。部活動や音楽に情熱を注ぐ人。社会課題と向き合う人。生徒会活動に尽力する人。スポットライトが当たらなくとも、それぞれの賜物が74期を豊かに彩っていました。

 そして、悔しくも流会となった黒タイツ導入をめぐる生徒総会。三年生は、その決定の恩恵を受ける立場でなかったにも関わらず、多くの人が自分の利益を越え、誰かのために立ち止まるという姿勢を見せてくれました。その姿はまさに隣人愛そのものです。

今となってはかけがえのない思い出と呼べる日々。けれどその実相は、もっと泥臭かったはずです。思考が止まらず眠れなかった夜。もう無理だと呟いたこともありました。

 それでも、不思議なことに、あれほど永遠に思えた苦しみも、一人で抱えれば悩みでも、誰かと分かち合えば思い出話へと変わる。あの時間を共に歩んでくれた、一人ひとりの存在に何度も救われてきました。

 二度目の学力テストを終え、卒業の足音が近づくにつれ、寂しさを覚えるようになっていきました。その痛みは、満たされていた日々の証です。
そして今日、私たちはこの学舎を離れ、変化の激しい社会へと歩み出します。

 昨年の大阪万博が象徴するように、技術は進み、答えは瞬時に手に入る時代となりました。しかし、人が迷うという営みの価値は色褪せません。遠回りの意味は自らの足でしか確かめられないのです。

 遠回りが許される余白はときに余裕ともなり得ました。その余白の中で私たちは自らを律することを学んだのです。

 政治経済の授業である先生がおっしゃいました。教育は一つのサービスであり、私たちはその受け手である。家族は私たちに受験勉強では得られない学びと経験の時間を買い与えてくれたのだと。

 中にはいち早く覚悟を定め、将来を見据えて進路を選んだ人もいます。そして最後まで迷い続けた人の決断にもまたそれぞれの重みがありました。選べる自由があったこと。そして選んだ道を支えてもらえたこと。それが私たちに与えられた深い愛だったのです。

 法律上は成人でも、大人になりきれない私たちは、何度も迷い、ときに反発もしました。それでも最後には、家族や先生方が変わらず受け止めてくれました。自分でさえ自分を信じられなくなったときも、信じ続けてくれたこと。その事実に支えられて、私たちは今、ここにいます。本当にありがとうございました。

 そして、忘れてはならないのは、私たちの歩んできた道は比較的歩きやすいものであったということです。足元には、土壌を耕し続けてくださった多くの人の手がありました。私たちが自らの努力と呼んできた歩みの中に、どれほど多くの偶然や他者の支えがあったことでしょう。明日の生活を案じることなく学べる日々。それは決して当たり前のものではありません。世界には、そしてこの国にも、 立ち止まることを許されず、ただ目の前の一本道を歩き続けねばならない人たちがいます。私たちは、与えられた恵みを自分だけのものとする訳にはいかないのです。

 スクールモットーである「地の塩、世の光」。塩は味を整え、腐敗を防ぎます。光もまた、自らではなく他を照らします。喝采を浴びるのは味わいや輝きであり、塩や光そのものではありません。評価や称賛のためではなく、愛をもって他者に向き合うこと。それこそが私たちがこの学舎で学んだ生き方でした。だからこそ、絶望の方が容易に思えるときでさえ希望を選び続けたい。たとえ非効率と呼ばれようとも、誰かのために立ち止まれる人でありたい。その一歩一歩が誰かの孤独をほどき、誰かの明日を支え、やがて静かに世界を変えていく力になるのです。

 もし最短距離が正義だとするならば、私たちの三年間は、あまりに非効率だったかもしれません。けれど私たちは知っています。この世界には、効率では決して測れない価値が確かにあるということを。遠回りをしたからこそ見られた景色があり、出会えた自分がいました。迷いながらも選び取ったこの三年間を胸に、私たちはこれからも地の塩、世の光として慎ましく、しかし揺るぎなく歩んで参ります。

 青山学院高等部の益々のご発展を心より祈念して、答辞とさせていただきます。

2026年3月10日
青山学院高等部第74回卒業生代表

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