高等部第74回卒業証書授与式 部長式辞
マタイによる福音書5章14~16節
あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。また、灯をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家にあるすべてのものを照らすのである。そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かせなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、天におられるあなたがたの父を崇めるようになるためである。
春の気配が日ごとに濃くなり、キャンパスの木々も芽吹きの準備を始めました。本日は、ご来賓、そしてご家族の皆様をお招きし、ここに青山学院高等部第74回卒業証書授与式を挙行できますことを、心より感謝申し上げます。74期卒業生の皆さん、皆さんの成長を喜ぶとともに、この輝かしい門出を祝福いたします。おめでとう。
またご父母やご家族の皆様におかれましては、18年という長きにわたり、陰に日向に共によろこぶこともあれば、時にはお心を痛めつつ、ここまで育ててこられ、思いもひとしおのものがあるとお察しいたします。本日は誠におめでとうございます。
さて、皆さんは、2023年4月に、この青山学院高等部に入学してきました。あれからもう3年が経ちました。昨日の送別会でも振り返ってもらいましたが、高等部での3年間がどのようなものであったとしても、皆さんの一つ一つの経験が、成長した今日の皆さんを作り、人格を形成する糧となってきたと私は信じます。高等部での学びや経験を胸に、新しい歩みを進めてほしいと思います。しかし一方で、皆さんが生きていくこれからの時代は、これまで以上に情報があふれかえり、何が大切か、何が正しいのかがあいまいになり、どちらを向いて歩みを進めていけがよいのかを、簡単に見失ってしまうような危うい時代になっていく可能性があります。また同時に、戦争、災害、世界の分断、格差社会の拡大など、心配や憂いも、いましばらく絶えないかもしれません。しかしどうぞ、そのような中にあっても、世の中の風潮に流されることなく、また周りの人の動向に翻弄されることなく、何が大切か、何が正しいのかをいつも心に問いながら生きていってほしいと願います。
先ほどお読みいただいた聖書の箇所は、皆さんご存知、青山学院のスクールモットーである、「地の塩、世の光」の「世の光」の箇所です。このスクールモットーは、皆さん一人ひとりが世の光として暗闇の中を照らし、困難の中でも希望の光となってほしいという願いが込められています。
私の尊敬する経営学者に、ピーター・ドラッカーという人がいます。聞いたことのある人も多いかもしれませんが、これから経営学やマーケティングを学ぶ人は素通りできない人で、経営学の父とも呼ばれ、アメリカや日本をはじめとする多くの国の企業家がその教えを参考にしている方です。私も学生時代に学び、会社員としてマーケティングに関わっていた時も、実際に彼の考え方を参考にさせてもらうことがしばしばありました。顧客の創造、適材適所、使命感の共有、「正しいこと」を行う勇気。今改めて読んでも、彼の数々の著書は、企業だけに限らない様々な場所で適用できるエッセンスが詰まっているように思います。
そんなドラッカー氏が書いた「マネジメント」という著書の中に、有名な3人の石切工の話が出てきます。彼らは、作業中に、何をしているかを聞かれて、一人目は「私は石切をして生計を立てている」と答えました。二人目は、質問した相手の顔も見ずに、即座に「自分は最高の石切の仕事をしている」と答えました。そして三人目は、夢を語るような顔で「私は教会を建てている」と答えました。第一の男は、仕事で何を得ようとしているかを知っており、事実それを得ている。一日の報酬に対して一日の仕事をする人。アルバイトをしている人たちは、このような思いの人も多いかもしれません。
第二の男は、自分の熟練した技能を誇りに思い、働いている人。職人かたぎで良い仕事をしてくれる人に聞こえます。しかし彼はここで、最高の技術は最高のものを作る時に不可欠だが、組織を運営していく上では、自分の目標が組織全体の目標より優先するようになってしまってはマネージャーとしてふさわしくない、と言います。そして第三の男が、マネージャー、つまり責任者や経営者だ、と彼は言います。確かにこの人にはビジョンがあり、全体が俯瞰できているように見えます。なるほど、と何をするにも目的を意識すること、ビジョンを持つことの大切さを感じさせる話です。
数年前、カリフォルニアにあるドラッカーインスティテュートという、ドラッカー氏に関する研究所を訪れる機会がありました。そこで、彼が熱心なクリスチャンで、彼の教えや考え方の背景には、彼のキリスト教信仰があることや、彼は晩年、営利を求める企業ではなく、非営利団体のマネジメントの研究に心血を注いでいてことを知りました。彼は、経営学の父と言われていましたが、企業の経済的な繁栄や成功よりもむしろ、その経済活動や良い企業がもたらす、より良い社会の形成、ひいては人々の幸せな暮らしをもイメージした考えや理論を展開していたのだとわかりました。彼の思想を一言で言うと、人は自分の価値観に従い、自分の賜物で社会に貢献する責任があり、それが本当の幸せである、とまとめることができます。
先ほどの話で「教会を建てている」と答えた人、という例はきっと、立派な教会を建てるという外見的なイメージだけでなく、教会で生活する人を思って、そこで過ごす人たちの幸せを願って、ふさわしい教会を建てている、ということまでイメージしていくことが大切だ、言いたかったのだろう、と私は結論付けています。誰かのために行動する、人の幸せのために働く、というビジョン。そしてこれは、神の望む、我々が世の光として歩むことにつながるのだと思います。
様々なことが複雑に絡み合い、正解を見つけることが難しい時代に私たちは生きています。すべきことに悩んだときは、その仕事や働きを、何のためにやっているのか、誰かのためになっているのか、人の幸せにつながっているのか、さらに言うならそこに愛はあるのか、という問いを持って決めてほしいと願います。そしてそれが結果的により良い仕事、より良い成果、より良い社会づくりに貢献できるのだと信じます。
英語で卒業式のことをCommencementと言う言い方もあります。この単語には出発という意味があり、新しい門出を祝う式典という意味です。私たちを造り、愛し、私たちと共にいてくださっている神様は、これからの人生も皆さんと共にいてくださり、みなさんの光を輝かせてくださる、ということを忘れず、新しい道に踏み出してほしいと願います。
最後に、アイリッシュ・ブレッシングという祈りを捧げます。
May the road ever rise to meet you.
May the wind be at your back.
May the sun shine warmly on your face.
May the rain fall softly on your fields.
And until we meet again,
May God hold you firmly in the palm of his hand and give you Peace.
あなたの前に歩むべき道が常に開かれるように。
風があなたの背中をやさしく押すように。
太陽があなたの顔を暖かく照らすように。
雨があなたの田畑をしとしとと潤すように。
そしてまた会う日まで、
願わくは、慈しみの神が、あなたをしっかりとその御手のうちに置き給い
あなたに平安を賜るように。
God bless you all.
皆さんのこれからの人生の上に、神様の祝福が豊かにあるようお祈りし、式辞といたします。
本日はご卒業、おめでとうございます。
